アジマティクス

ここをこうするとおもしろい

何なんだろうな。あいじょうって。「10のi乗」みたいな数を考える

みなさんは、好きな複素数ってありますか?(ただし実数は除く)

「好きな整数」を持ってる人なら少なくないと思います。それこそラッキー7の7とか。自分の誕生日とか。691とか。

「好きな実数」まで広げても、eとかπとか\sqrt{2}とか、いろいろあるでしょう。

でも、「複素数」となると? 「私の好きな複素数は○○です」って言ってる人、ほとんど聞いたことないです。あったとしても、2乗して-1の「i」そのものとか、3乗すると1になる「ω(=\frac{-1\pm\sqrt{3}i}{2})」とかぐらいのものでしょう。

これって不思議だと思うんですよね。整数だったら2でも3でも163でも、それぞれに面白い性質が山ほどあることを思うと、例えば「2+3i」や「6-4i」などという個別の複素数にもそれぞれに面白い性質はいくらでもある、と考えるのは当然でしょう。でも、個別の整数について面白い性質を知っているほどには、個別の複素数の持つ面白い性質をわれわれは知らない。不思議です。

そういう「個別の複素数についてよく知らない」という理由もあって、好きな複素数を持つ人はあまりいないのかなと思います。

 

上下に向かって伸びる数

東京で「数学デー」という、数学好きが集まって議論したり研究したりあるいは駄弁ったりゲームしたりする部活みたいなコミュニティを運営しています。

ある日、数学デーのお客さんの一人である岩淵さんという方(@butchi_y)が、こんなアイデアを持ってきてくれました。

「小数って、小数点の右と左に数が伸びているわけだけれど、小数点の上下に、つまり4方向に数が伸びているような数って考えられないかな?」

すなわち、こういうことです。

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クレイジーですね。そういうの大好きだ。

つまりこの表記の数はどういう概念を表すことにするのがよい(面白い/整合的)か? ということを考えたいわけです。

いろいろな発想がありうるでしょうが、私達はこういうふうに考えました。

現在我々が使っている小数表記において、小数点の右側に伸びていく位は\frac{1}{10},\frac{1}{100},\frac{1}{1000},\cdotsを、すなわち10^{-1},10^{-2},10^{-3},\cdotsを表し、左側に伸びていく位は10,100,1000,\cdotsを、すなわち10^1,10^2,10^3,\cdotsを表します。十進法の場合。

だとしたら、この上下にも伸びるのを認めた表記では、上側に伸びていく位は{\bf 10^i,10^{2i},10^{3i},\cdots}を、下側に伸びていく位は{\bf 10^{-i},10^{-2i},10^{-3i},\cdots}を表すことにするのが妥当であろう、と。

iは虚数単位のiです。つまり、複素平面において、実数軸が横に、虚数軸が縦に伸びていることからのアナロジーなわけです。

そう考えると、例えば

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という表記の数は、1\cdot10^{2i}+2\cdot10^i+3\cdot10^1+4\cdot10^0+5\cdot10^{-i}を表すことになります。これは実際には29.22...-3.23...iくらいのひとつの複素数を表します(主値)

どうでしょう。なかなかいい定義なのではないでしょうか。とりあえず名前としては「i乗表現」とでもしておきましょう。

数学デーでi乗表現の検討をすすめたところ、なかなか面白い結果がいくつか得られました。その話もいつか是非したいのですが、実は今回の本題はそこではありません。

i乗表現で

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と書くと、この数は10^iを表します。そこで私達ははたと立ち止まってしまったわけです。

{\bf 10^i}って、何なんだ?

例えば10^5は「10を5回かけた数」と素朴に捉えられます。指数部分がマイナスや分数になっても、指数法則を使って考えればうまいこと定義できます。

じゃあ、指数部分が複素数になってたらどうするの? a^iって、一体どんな数? というのが、今回の本題です。

 

オイラーの公式

さて、それを理解するために、まずはこちらをご覧ください。

e^{ix}=\cos x+i\sin x

こちらの方は、何を隠そうかの有名な「オイラーの公式」様です。 この式を使って10^iという数に挑んでいきます。

とりあえず「何も聞かずに一旦この式は成り立つものだと認めてください」と言って話を進めようかとも思ったのですが、せっかくなのでまずはざっくりと、非常にざっくりとですがこの式がなぜ成り立つかという話もしておきましょう。

オイラーの公式のざっくりとした証明

「関数」というものの中には、関数の無限和で表すことができるものがあります。

オイラーの公式には、その見た目に指数関数e^xと、三角関数\cos x\sin xという3つの関数が現れているわけですが、これらはどれも関数の無限和で表すことができます。

例えば\cos\sinは、それぞれ次のようになります。

\cos x=\frac{x^0}{0!}-\frac{x^2}{2!}+\frac{x^4}{4!}-\frac{x^6}{6!}+\frac{x^8}{8!}-\cdots

\sin x=\frac{x^1}{1!}-\frac{x^3}{3!}+\frac{x^5}{5!}-\frac{x^7}{7!}+\frac{x^9}{9!}-\cdots

\frac{x^n}{n!}」という関数のnを偶数にして、符号を交互に変えながら足すと\cos xに、奇数にすると\sin xになるというわけです。すなわち「関数の無限和で関数を表している」ということ。面白いですね。

\cosの場合についてビジュアライズしてみるとこんな感じです。 赤に対して次々現れる黒をどんどん足していってます。

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どんどん関数を足していってどんどん\cosに近づいていく感じがおわかりいただけるでしょうか。

上記の分解操作を「マクローリン展開といい、実際には微分を使ってゴニョゴニョすることで得られます。※「マクローリン展開」は「テイラー展開」を原点まわりに限った特殊な場合のものを指します。

e^xの方のマクローリン展開も見てみましょう。こうです。

e^x=\frac{x^0}{0!}+\frac{x^1}{1!}+\frac{x^2}{2!}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\frac{x^5}{5!}+\cdots 

んっ、と。思うわけです。なんか似てますよね。三角関数の方と。\cosは偶数だけで、\sinは奇数だけでした。そしてe^xは両方。あと違うのは符号だけです。\cos\sinはプラスとマイナスが交互に来てたのに、e^xでは全部プラス。

さてここで、e^xxの部分に「ix」というものを形式的に代入してみます。

e^{ix}=\frac{\left(ix\right)^0}{0!}+\frac{\left(ix\right)^1}{1!}+\frac{\left(ix\right)^2}{2!}+\frac{\left(ix\right)^3}{3!}+\frac{\left(ix\right)^4}{4!}+\frac{\left(ix\right)^5}{5!}+\cdots

 i^2=-1だったことに留意して式変形すると、

=\frac{x^0}{0!}+i\frac{x^1}{1!}-\frac{x^2}{2!}-i\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+i\frac{x^5}{5!}+\cdots

iでくくると、

=\frac{x^0}{0!}-\frac{x^2}{2!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+i\left(\frac{x^1}{1!}-\frac{x^3}{3!}+\frac{x^5}{5!}+\cdots \right)

これはまさに上記の\cos\sinのマクローリン展開そのものということで、結局次の式が得られます。

e^{ix}=\cos x+i\sin x

ううむ。みごとですねえ。

オイラーの公式のざっくりした証明でした。本当はもっと(そんなとこに虚数入れてもいいのかとか)ちゃんと考えないといけませんが、今回使う分においてはとりあえず成り立つことだけ知っておけば十分です。

では本題に戻りましょう。10^iとはどんな数でしょうか?

10^iの式変形

10^iとか、一般のa^iとかについてはまだわからないけれども、とりあえずeiが乗じられた形をしているものについては、オイラーの公式をあてはめて式変形することができそうな気がしてきました。

というわけなので、ここでは10^ie^xという「形」にもっていくことを考えましょう。

ここで「対数」が便利に使えます。そもそも対数「\log_ab」は、「aを何乗するとbになるか、という数」として捉えられるのでした。\log_283なわけです。

そして「a」に「aを何乗するとbになるか、という数」を乗じると、まあ当然bになります。式で書くとa^{\log_ab}=b

これを利用するのです。すると10^iは「e^{\log_e\left(10^i\right)}」と書くことができ、さらに対数の公式の一つ「\log_ab^p=p\log_ab」を使ってiを前に持ってくれば、

10^i=e^{i\log_e\left(10\right)}

と結論付けられます。10^ie^{i \square}という形になったわけですね。

さて、これでオイラーの公式に当てはめることができるようになりました。すなわち、オイラーの公式のxの部分に\log_e\left(10\right)を代入するわけです。実際にやってみると、

e^{i\log_e\left(10\right)}=\cos\log_e\left(10\right)+i\sin\log_e\left(10\right)(オイラーの公式)

e^{i\log_e\left(10\right)}=10^iより、

10^i=\cos\log_e\left(10\right)+i\sin\log_e\left(10\right)

ということがわかります。

図形的に捉える

ここでそもそもの話なんですが、「\cos x+i\sin x」って、図形的にはどういう意味として捉えられるでしょうか?

それを感じるために、こちらに複素平面上に置かれた単位円を用意してみました。横軸は実軸、縦軸は虚軸です。いくつか複素数の例を置いてあります。

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そして\cos x+i\sin xとは、ここの数を指します。

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角度がxということは、そこまでの弧の長さもxということで、例えば弧の長さが\log_e\left(10\right)ならばこの辺にきます。

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このあたりの話は、こちらの記事が理解の助けになるでしょう。

www.ajimatics.com

さて、ここまで「10^iってどんな数?」とあいまいな問い方をしてきましたが、この図形的な表現が一つの答えになると思うわけです。すなわち、10^iとは

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であり、言葉で言うならば「複素平面上に置いたとき、原点からの距離(複素数の「絶対値」といいます)が1であり、x軸との角度(「偏角」といいます)が\log_e\left(10\right)であるような数」となるでしょう。

他にもいろいろな捉え方はあるでしょうが、やっぱり複素平面上に置かれて「これのことです!!」と言われると「正体見たり」の感じがして個人的には腹落ち感があります。

e^iについて

さっきまでの話を一般化します。一般に、a^iは「絶対値が1、偏角が\log_e\left(a\right)であるような複素数」です。

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おお! なんか淡々と書いてきたのであれですが、今になってそれってすげえなとなんか普通に思ってしまいました。a^iというものをひとまず手中に収めた感じがするからでしょうか。

ここまでわかったところで、突然ですがこのへんでちょっと「e^i」という数について考えてみようと思います。つまり「自然対数の底」のi乗です。

これはオイラーの公式的に言うならば「e^{1i}」です。xのところに1が入るわけです。つまり、

e^i=\cos1+i\sin1

ということで、e^iを図形的に言うならば

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です。角度1ラジアン、弧の長さが1になるような扇形が発生します。

これ、なんだかよくないですか? 「2辺と弧の長さがすべて1」というきれいな扇形を、一方の辺がx軸上に乗るように複素平面上においたとき、その頂点のうち0でも1でもないもの。そこに「e^i」が現れるというんです。

どうですか? そうですか。

数学デーでこれに気づいたとき、一瞬にしてe^iが「好きな複素数」になってしまいました。だってきれいじゃないですか。すべての長さが1の扇形って。

今度から「好きな複素数は?」と聞かれたら自信を持って「e^iです!!」答えることができます。

まとめ

ここまで、「10^iってどんな数?」ということについて見てきました。まとめるとこんな感じでしょうか。

10^iは、対数を使ってe^{i \square}という形に変形させることができる。

e^{i \square}という形の数は、オイラーの公式をあてはめることができる。

10^iを変形したe^{i\log_e\left(10\right)}にオイラーの公式をあてはめると、10^iが複素平面上のどこに位置するかが直感的にわかる。

そして、10^iの複素平面上の位置をもってして、「どんな数?」への答えとしたいと思うわけです。

さらにそこから考えを進めて、e^iというステキな数と出会うこともできました。これは最初に「上下に伸びている数」をいじって遊んでいた頃には想像もできないことでした。よかったですね。

とはいえ、上でも書きましたが今回の記事では「10^i」などの数に考察を与えるだけにとどまっていて、「i乗表現」そのものの面白さ、便利さなどに対する考察は与えていません。機会があればそのへんにも触れたいですね。

おわりに

みなさんは、好きな複素数ってありますか?(ただし実数は除く)

iそのものやωってのもいいですが、実はe^iっていうのがあってですね、私はこれがなんとなくエモくて好きなんですよ。はい。

みなさんも、これを機会に「好きな複素数」について考えてみるとよいのではないかなと思います。

では今回はこのへんで!